浪曲師・春野恵子さんは元「ケイコ先生」。浪曲師になるまでの経緯は?

 若い人にとって浪曲って馴染みがあまりないものですね。昨年亡くなりましたが、国本武春師匠なんかテレビでも活躍されており、浪曲が若い人が聞くきっかけになる活動をされておりました。そして、また浪曲を若い人に広げてくれそうな浪曲師の方がいます。名前は春野恵子さん。顔立ちも綺麗だし、実力もなかなかのもののようです。実は、春野さんが話題になるのは一つの理由がありまして、春野さんは昔『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)で、家庭教師・ケイコ先生として活躍されてた方なのです。

 春野さんは前述の通り、人気番組での一コーナーでブレイク。番組が終わった後も芸能活動を行っており、そこで春風亭昇太師匠に出会い、落語を聴くようになったとか。その後、立川談志師匠や、立川志の輔師匠、立川談春師匠などに出会い、非常に羨ましい中で落語を聞き歩いたとか。寄席通いをしているなかで浪曲に出会い、衝撃を受けたそうです。なんでも、浪曲にであった当日の夜は眠ることができないほど悩み、次の日には浪曲を一生の仕事にしようと決断したとか。一生の仕事にするという決断がどれだけ難しいのか、一生の仕事を見つけている人がどれだけ少ないか、そう考えると凄い決断ですね。
 さっそく、国本武春師匠に相談し、関西で活躍する春野百合子師匠を紹介してもらい、弟子入り志願をしたそうですが、弟子になるまで半年かかったそうです。弟子になったあとも、東京から大阪に通い稽古をつけてもらうという状況が続き、結局、関西へ移り住むことになったそうです。そして、浪曲師で生きていこうと決めたからには、ケイコ先生として扱われたくなく、関西に引越ししてなんと丸坊主にしていまったそうだから気合が半端ない。同じ「電波少年」で活躍した「元猿岩石」を武器に芸能活動をしていこうとしている森脇さんも少しでも見習ってもらいたいもんですね。

 現在ではようやく浪曲師として生活をしていくことができるようになってきたと言います。少し売れるようになってきたころに、イベントで「あの進ぬ『電波少年』のケイコ先生が浪曲師になって・・・」と紹介されるのが嫌で嫌で仕方がなかったそうです。確かに、春野さんは浪曲師として勝負しようとしているのに、昔の活動のことを言われるのは迷惑だったでしょう。しかし、現在はその肩書きも浪曲を広げるためには必要だと考えているようで、「電波少年」での経験は良かったと述べています。立派な考えだなぁ。芸とは、自分の生きてきたことをも芸の一部にするんですね。

 僕も落語は聴きますが、浪曲はほとんど聞いたことがない。でも、この記事を書いているうちに、春野さんの浪曲だったら一度聴いてみたいなと思ってしまいました。大阪でも活躍されているようなので、ぜひ、機会を作って聞きに行きたいと思います。

(画像はhttp://shimokita.keizai.biz/headline/419/より引用)

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