3代目桂春団治師匠逝く。米朝師匠との関係とか。

3代目桂春団治
http://www.hanjotei.jp/data/rakugoka/index.php?hanasika_ID=60010より引用

 今月9日に「上方落語の四天王」の一人、3代目桂春団治師匠が亡くなったそうです。「上方落語の四天王」は6代目笑福亭松鶴師匠(1986年68歳没)、3代目桂米朝師匠(2015年89歳没)、5代目桂文枝師匠(2005年74歳没)、そして春団治師匠の4人。

 春団治師匠の高座は、一度、銀座の落語祭だったかで観た記憶があります。記憶違いかもしれませんが。。。師匠の高座は、本当に綺麗で、一つ一つの所作が指先の先まで繊細というのが当てはまるものでした。確か「代書」だったかな。それはDVDだったかな。ちょっと記憶が定かではありません。
 春団治という名跡は、初代、2代目と破天荒なイメージがあったようですが、僕にとっての春団治とは「美しい」というイメージが非常に強いですね。それだけ、師匠が春団治という名を作り上げていったということですね。それを証拠に、上方で3代目と言うと春団治を指すらしいですね。

<簡単な経歴>

1947年に2代目桂春団治に入門。
1950年に2代目桂福団治を襲名。1959年に3代目桂春団治を襲名することになったそうです。きっかけは初代桂春団治を描いた映画である「世にも面白い男の一生 桂春団治」の公開だったそうです。この映画、NHKBSで放送されたのを録画してそのまんまになっている記憶が・・・
1980年以降、胃潰瘍やC型肝炎などを患ったらしく、2013年から体調を崩して療養していたそうです。昨年の10月にも生誕85年を記念した一門会でトークコーナーに出演する予定も欠席していたそうです。
そして、今月9日に85歳で心不全で亡くなられました。

<主な持ちネタ>

「いかけ屋」「祝いのし」「お玉牛」「親子茶屋」「子ほめ」「皿屋敷」「代書」「高尾」「月並丁稚」「野崎詣り」「寄合酒」

 高座にかけるまで練り上げ、その全てが一級品である一方で、持ちネタの少なさは有名だったそうですね。

<米朝師匠との関係>

 米朝師匠を「米朝くん」と呼ぶ仲だったようです。持ちネタの「代書」「皿屋敷」「親子茶屋」は米朝師匠に稽古をつけてもらったそうです。
 米朝師匠が亡くなった時には「僕にとっては『代書屋』『親子茶屋』を教えてもらい師匠のような存在。残された四天王も僕ひとりになり、寂しい思い出いっぱいです。」とコメントを残されています。

<今後の「春団治」の名跡は?>

 過去に体調を崩した際、門下で春団治襲名騒ぎが起きたことがあるそうです。そのことに心を痛めた師匠は、弟子らに襲名させる意思はないとし、当時「弟子を全員看取る」と豪語したほどだったそうです。
 このエピソードから、現在、門下では春団治を継ぐという考えはないのではないでしょうか。ただし、米朝、松鶴、春団治と大きな名跡をそのままにしておくのは上方落語界にとっていいことではないかもしれません。早く、平成の四天王を見てみたい感じがしますけどね。

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